代表コラム

大学病院を12年で辞めた口腔外科医が、起業した理由

大学病院を12年で辞めた口腔外科医が、起業した理由

一番多い質問

「なぜ大学病院を辞めたんですか?」

独立してから、おそらく100回は聞かれた。

先に結論を書く。臨床が嫌になったわけではない。口腔外科は今も好きだし、週2回は手術室に立っている。辞めたのは、変わらない仕組みの中で残り30年を過ごす未来を、手放す判断をしたからだ。


大学病院の12年間

2013年に長崎大学病院の口腔外科に入局した。口腔外科を選んだ理由は単純で、主訴が多様だったからだ。外傷、腫瘍、感染症、顎変形症。同じことの繰り返しにならない。研修医の頃から「40年間同じルーティンを回す」ことだけは避けたかった。

臨床の傍ら研究も続けた。2019年に博士号を取得。国際誌に筆頭著者として6本の論文を出し、ミシガン大学への留学も決まっていた。それがコロナで白紙になった。

国際学会でのポスター発表

学会での口頭発表

その後、医局長・外来医長・病棟医長を歴任した。2023年には口腔外科専門医を取得。キャリアとしては順調だったと思う。

ただ、医局長として組織を見る立場になって、個人の能力や努力では変えられない構造的な問題が見えるようになった。

医局メンバーとの集合写真

具体的なことは書けないが、ひとつだけ。大学病院では、外科系の診療科は責任が大きい。処置のリスクも高い。それなのに、待遇は他科と変わらない。真面目で優秀な人ほど負荷が集中し、疲弊していく。これは個人の問題ではなく、構造の問題だった。

手術室でのチーム写真

開業も考えた。だが、歯科医院の経営は「逃げ場のない檻」に見えた。365日、一つの場所に縛られ、自分が手を動かさなければ売上が止まる。構造の問題から逃げたいのに、別の構造に入るだけだと思った。


テクノロジーとの出会い

きっかけは地味だ。Excelの工夫から始まった。

医療現場はいまだに手書きが多い。診療録の電子化は進んでも、周辺業務は紙とファックスが現役だ。「これ、自動化できるのでは」と思って調べ始めたら、プログラミングの世界に入っていた。

学んでいくうちに気づいたことがある。コンサルタントが「DXしましょう」と提案書を出し、開発を外注するのと、自分で実装できるのとでは、まったく意味が違う。現場の課題を知っている人間が、そのまま手を動かして解決できる。これは強みになると思った。

同時に、恐怖もあった。医療もビジネスも、テクノロジーの進化に適応できなければ淘汰される。AIの進化速度を見ていると、「いま動かなければ手遅れになる」という判断は合理的だった。


歯科の外に出て見えた景色

2024年3月にInnovation Careers Lab.を設立した。

最初は歯科業界向けの採用支援から始めた。ある歯科医院では、見学希望がゼロだった状態から3ヶ月で5名の応募を獲得した。現場を知っているから、求職者にも医院側にも刺さる設計ができる。

転機は、歯科以外の企業に関わったときだった。

ある地方の管理会社を訪問したとき、勤怠管理が紙の出勤簿だった。総務担当者が3人がかりで手計算している。請求管理も紙ベース。正直、医療現場よりアナログだった。

会長にAIのライブデモを見せた。その場で導入が決まった。現在、AI-OCRを使った業務システムの構築を進めている。

歯科で培った「現場の課題を理解し、テクノロジーで実装する」というやり方は、業種を問わず機能した。むしろ、地方の中小企業ほど改善の余地が大きい。


ICLが何をやっているか

現在のICLの事業は4つ。

  • AI導入・DX構築 — 現場のアナログ業務を、AIとシステムで置き換える
  • 経営コンサルティング — 数字と構造から課題を特定し、打ち手を設計する
  • 人材紹介 — 有料職業紹介事業の許可を取得済み(40-ユ-301490)
  • 歯科特化支援 — 採用・マーケティング・経営改善をワンストップで

共通しているのは、「現場を知っている人間が、自分の手でテクノロジーを実装する」という点だ。提案して終わりではなく、動くものを作る。

私は今も週2回、口腔外科医として臨床に立っている。現場から離れたコンサルタントにはなりたくない。手を動かし続ける人間でいたいと思っている。

学会表彰式にて


株式会社Innovation Careers Lab. 代表取締役 楢原 峻
歯学博士/口腔外科専門医