海外の歯科が高いのは、みんな知っています。問題はそこではなく、「この安さはいつまで続くのか」。手元のデータで具体的に予測します。
臼歯の抜歯、日本は2,700円。アメリカは平均26,550円で、10倍。
……はい、この手の話は聞き飽きてますよね。海外の歯科治療が高いのは、みんな知っている。年収も、日本の勤務歯科医が約1,063万円、アメリカの一般歯科医が約3,230万円。日本が安い。知ってる。

出典: 令和8年度 歯科点数表/Synchrony調査 2023–24/令和7年 賃金構造基本統計調査/ADA HPI 2025/NHS Digital 2023/24/KZBV 2025。英は開業側の課税所得で、日本の勤務医とは立場が異なります。
問題はそこじゃないんです。
聞くべき質問はこうです。「じゃあ、この安さはいつまで続くのか。続かないなら、何がどの順番で変わるのか」
今日はここを、手元にあるデータで具体的に予測してみます。海外がうらやましい、という話は今日で終わりにしましょう。
1. 前提を1分で
日本の歯科の価格は国が決めています。公定価格です。そして30年、ほぼ動かしていません。直近の歯科の改定率は+0.31%。物価が3%上がる国で、0.3%。
それでも患者が2,700円で歯を抜けるのは、差額を医療者の取り分が吸収しているからです。日本の保険医療は、医療者の我慢でできている。
ひとつだけ例外があります。訪問診療です。改定のたびに、訪問には点数が厚く付いている。国が唯一、財布を開けている方向です。ここは話がまるごと1本になるので、別の回でやります。
ここまでが前提。ここから予測です。
2. 予測の材料は、3つの数字です

材料①: 医院の利益率が、3年で3.5ポイント落ちた。収入は横ばい、人件費と材料費だけが上がっているからです。この傾きをそのまま伸ばすと(単純な外挿です)、2029〜2030年ごろにゼロに達します。保険診療だけの医院は、あと数年でどうやっても利益が出なくなる計算です。

材料②: 医院は「潰れる」前に「畳んで」いる。赤字で破綻する前に、静かに店を畳む。淘汰はもう始まっています。
材料③: 国が今年、外向きの出口を開けた。国内の価格は据え置いたまま、外国人には3倍で売っていい、と国が文書で認めました。医療インバウンドの拡大は2025年の閣議決定にも「医療機関の経営力向上に資する」と、経営の言葉で書いてあります。背景はシンプルで、病院の65%が赤字、国立大学病院は過去最大の285億円の赤字。国内の価格を上げる財源がないからです。
材料はこの3つ。組み合わせると、これから起きることは3つに絞れます。
3. 予測1: 「成約できる勤務医」の取り合いが始まる
保険だけで利益が出ないなら(材料①)、医院が生き残る道は自費比率を上げるしかない。でも自費は、院長ひとりでは増やせません。カウンセリングして、治療して、責任を持てる勤務医が要る。
ここで正確に言っておきます。「自費ができる」は、手技のことじゃないです。成約できる人。患者の前で治療の選択肢を説明して、納得してもらって、YESをもらえる人。どんなに手が動いても、患者が保険を選べば自費はゼロ円です。
つまりこうなります。勤務医の給与が上がるのは「全員一律」ではなく、「説明して成約まで持っていける人」から順番に。すでに院長の採用相談で起きているのは、「人が欲しい」ではなく「自費を回せる人が欲しい」への変化です。手技は同じでも、説明できる5年目と説明を院長に投げる10年目では、医院への貢献額が桁で違う。年功と給与の相関が、ここで切れます。
4. 予測2: 「3倍の価格で診る診療枠」が都市部から生まれる
医療ツーリズムで日本に来る人は、今はまだ年2〜3万人です(材料③)。タイは300万人ですから、誤差みたいな規模。明日の話ではないです。
でも、方向は確定しました。赤字が深くなるほど、この構図は強くなります。
具体的に変わるのは、東京・大阪・福岡あたりの自費中心の医院からです。外国人患者向けの診療枠を持ち、同じ処置を3倍の価格で提供する。そこで働ける条件は、たぶん2つだけ。自費の症例と、英語。この2つを持つ歯科医師に、日本にいながら世界の価格が付き始めます。
5. 予測3: 畳んだ医院の患者と人材が、再配分される
年150軒ペースで医院が畳めば(材料②)、その患者とスタッフはどこかに移ります。受け皿になるのは、承継した医院と、分院を増やす法人。つまり院長の椅子と分院長の椅子が、これから毎年まとまって空く。
ここで値が付くのは、技術じゃありません。組織を動かせる力です。衛生士と受付を含めたチームを回して、数字を読んで、承継の話ができる。院長の椅子に座れるかどうかは、手術の上手さでは決まらない。アメリカでは医院の買い集めをファンドがやって、利益を間で抜いていきました(アメリカの歯科医の実質所得は、値上がりの続く15年で2割減です)。日本で同じ役割を担うのが誰になるか。ファンドか、大手法人か、それとも経営のわかる歯科医師か。ここはまだ決まっていない。決まっていないうちが、チャンスです。

6. 私の話を少しだけします
私は大学病院の口腔外科に11年いました。手術をして、研修医を教えて、給与明細にため息をついて、それでも「こんなもんか」と思っていました。自分の腕にいくらの値が付くのか、外の基準で考えたことがなかった。考える必要のない場所だったからです。
一度、アメリカに行きかけたことがあります。研究のポスドクです。結局コロナで消えましたが、あのとき思ったのは、研究は国境を越えられるのに、臨床の腕はこの国の点数表の中でしか値段が付かない、ということでした。だったら、その値段が変わる場所を国内で探すしかない。いまは医院の経営を見る側にいて、この問いを、ほとんどの勤務医が抱えたまま口にしないでいることを知っています。
7. じゃあ、何を準備するか
3つだけです。

やりたいことが決まっていなくても、この3つは今日から始められます。そして3つとも、変化が来てから慌てて身につくものではないです。
続きを書きます。次回は、国が唯一財布を開けている「訪問診療」の回。読み逃したくない方は、フォローしておいてください。
今すぐ相談したいことがある方へ。
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転職サイトの年収表を見て、自分の値段が分からなくなった
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自費を扱いたいが、何から手を付ければいいか分からない
LINE「楢原のキャリア相談室」(@566vggfh)に、合言葉「腕の値段」と一言だけ送ってください。何がしたいかは聞きません。
▼参照
厚生労働省「国民医療費の概況」各年度/第25回医療経済実態調査(医療法人立歯科診療所 損益率・給与費率)/診療報酬改定率(厚労省 各年度 大臣折衝事項・中医協資料)/令和7年 賃金構造基本統計調査 職種第1表(e-Stat)/令和8年度 歯科診療報酬点数表/Synchrony「Average Procedural Cost Study 2023–24」(CareCredit掲載)/ADA Health Policy Institute 所得調査(2025・実質所得推移)/NHS Digital「Dental Earnings and Expenses 2023/24」/KZBV Jahrbuch 2025/日本病院会ほか「2025年度 病院経営定期調査」/国立大学病院長会議 R6決算速報(2025.7)/帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」(2026.1)/経済産業省「医療インバウンドの適切な推進の在り方に関する検討会 中間とりまとめ」(2025.6)/健康・医療戦略(2025.2閣議決定)/厚生労働省 医政局長通知 医政発0331第41号(2026.3.31)/前回記事「アメリカの歯科医院の58%がAIを入れた」(2026.8.18)
※換算レート: 1ドル150円・1ポンド200円・1ユーロ175円。損益率の「2029〜2030年にゼロ」は直近3年の傾きの単純外挿で、制度改定・自費比率の変化で動きます。
Author
楢原 峻
株式会社Innovation Careers Lab. 代表取締役
歯科医師 / 博士(歯学) / 日本口腔外科学会 口腔外科専門医
長崎大学病院口腔外科で11年間、臨床・研究・教育に従事しました。2020年から2023年まで医局長を務め、現在は歯科医院を中心に、AI・DX導入支援と経営コンサルティングを提供しています。

