「人が採れない」「応募が来ない」。
地方で会社を経営していれば、挨拶代わりに交わす言葉です。私も採用支援の現場で毎週聞きます。だから今年の倒産統計の中身を見て、意外に思いました。
いちばん増えていたのは、「採れない」ではありませんでした。
過去最多の内訳で、最も多いのは「従業員退職型」です
帝国データバンクの集計で、2026年上半期の人手不足倒産は227件。前年同期から12.4%増え、上半期として5年連続で過去最多を更新しました。
2025年度の1年間では441件。前年度の約1.3倍で、年度として初めて400件を超えています。
見るべきは、この数字の中身です。
441件の内訳で最も多い類型は、従業員や幹部の退職をきっかけとする「従業員退職型」の118件。年度として初めて100件を超え、4年連続で増えています。
従業員退職型 118件
人手不足倒産441件のうち最多の類型。年度で初めて100件超・4年連続増加。
「採用に失敗して倒産」より、「辞められて倒産」のほうが多くなったということです。
理屈は単純です。募集をかけて埋まらないのは苦しいですが、その日に会社は止まりません。今いる人が抜けると、その日から仕事が回らなくなります。
残った人に負荷が寄る。次の退職が誘発される。受注を断る。売上が縮む。きっかけは、たった1人の辞表です。
しかも2026年上半期の227件のうち、176件——77.5%は従業員10人未満の会社でした。10人の会社で2人辞めれば、戦力は2割減です。この記事は、まさにその規模の会社の話をしています。
経営者は「辞められる怖さ」を口に出せません
採用支援をしていて気づいたことがあります。
経営者からの相談は、ほぼ全部「採用」の語彙で来ます。「いい人いませんか」「求人票を直したい」「媒体はどこがいいですか」。
「あの人に辞められたら回らない」と最初から言う経営者には、ほとんど会ったことがありません。
言わない理由は、性格ではなく立場です。
特定の従業員への依存を認めれば、社内に示しがつかない。引き留め策を始めれば、「うちの社長は私が辞める前提で動いている」と本人に伝わる。だから怖さは全部、「採用の相談」という形に言い換えられて出てきます。
そして相談を受ける側——求人媒体も人材紹介も、「採る」ことで売上が立つ商売です。「辞められないようにする」は誰の商品でもないので、どこからも提案が来ません。
業者が売りに来る対策(「採れない」向け)
・求人媒体への出稿・出し直し
・求人原稿の改善
・人材紹介会社
誰も売りに来ない対策(「辞められる」向け)
・退職兆候の観測(質問の頻度)
・労働条件の本体(休日・給与・負荷)
・キーパーソンへの依存の把握
倒産統計(退職型118件が最多)が指しているのは、後者です。
「うちは長く居る人ばかりだから大丈夫」と思った方に、1つだけ。
退職が決まるのは、辞表を出す日ではありません。もっと前です。出勤も業務もそのままで、関与だけが先に減っていきます。外から観測できる数少ない兆候は、「質問が来なくなった」です。
手がかからなくなったように見える状態は、順調のサインとは限りません。あきらめて自走しているだけ、という場合があります。
求人票の改善は「採れない」に効きます。「辞められる」には効きません
「では求人票をもっと磨けば」となりがちなので、ここで効き目の範囲を切り分けておきます。
ハローワーク長岡が求職者に取ったアンケートでは、約75%の求職者は求人票を数件程度しか閲覧していませんでした。しかも検索結果の一覧に表示されるのは、仕事内容欄の冒頭部分だけです。
これはハローワークの数字です。ただ、民間の求人サイトなら安心、という話にはなりません。民間サイトや求人検索エンジンは掲載件数が桁違いに多く、求職者が1件ずつ読み比べることは物理的にできません。一覧に並んだ冒頭の一行と、給与・休日の欄。開くかどうかはそこで決まり、掲載が多いぶん、1件あたりが開かれる確率はむしろ下がります。
つまり求人票は、じっくり比較されて負けているのではありません。どのチャネルでも、一覧の第一印象で、開かれる前に落ちています。
だから、タイトルと冒頭の一行を直すことには意味があります。中身はそのままでタイトルと写真を変えただけで、閲覧数・応募数が2〜3倍になったという実測もあります。採用の相談を受けたら、私もお金のかからないここから直します。
ただし、それで解決するのは「応募が来ない」までです。「辞められる」には、求人票は1文字も効きません。それどころか、書き方次第で逆に働きます。人間の脳は、得より損に強く反応します(行動経済学で損失回避と呼ばれる性質です)。書き手が成長機会のつもりで書いた「1年目からどんどん任せます」は、読み手の脳には「放り出される予告」として届くことがあります。
求人票の効き方は、3つに整理できます。
・開かれるかは、一覧のタイトルと冒頭で決まる(ハローワークの調査では約75%が数件のみ閲覧)
・タイトルと写真の変更だけで、閲覧・応募2〜3倍の実測がある
・ただし「辞められる」には1文字も効かない
そして、これは経営者側の脳にも当てはまります。
条件や体制を何年も変えずに来たのは、怠慢ではありません。脳は「現状を変えない」を既定値にします(現状維持バイアス)。外圧がないと、人は動かない仕様なのです。
倒産統計が過去最多という外圧は、その意味で使えます。動くきっかけは、危機感より「今なら理由がある」です。
「潰れる」前に「畳む」が起きています
私の主戦場である歯科の数字を置きます。
2025年、歯科医院の倒産は25件でした。一方、休廃業・解散は147件。倒産の5.9倍です。
倒産25件に対し、休廃業・解散147件。5.9倍。
この147件の主な理由は、従業員の退職ではありません。院長の高齢化です。継ぐ人が見つからないまま体力の限界が来て、その日が閉院の日になります。売ろうにも、譲ろうにも、出口が見つからない。
ただ、これも突き詰めれば「人がいない」の話です。働く人に辞められて止まるのが倒産なら、継ぐ人が現れないまま終わるのが休廃業です。入口の人か、出口の人か。どちらが欠けても、結末は同じです。
倒産統計に載るのは、続けようとして力尽きた25件だけです。その6倍の閉院は、統計には載りません。人材不足の被害は、載っている分より載っていない分のほうが大きいのです。
ちなみに歯科医師の平均勤続年数は5.6年。賃金構造基本統計調査の同じ表に載る医療系職種の中で最短です。「辞められる」が常態の業界で仕事をしてきたので、この統計の変化は他人事に読めませんでした。
大学病院の医局も同じです。我慢できない人から辞めていき、不人気の医局は人数が目に見えて減っています。大学という看板があっても、です。看板では人は残りません。
白状すると、私自身も最初は求人原稿の直しから支援に入っていました。原稿は直る。応募も少し動く。でも定着は原稿では動きませんでした。効いたのは、条件本体と、辞める前の兆候に気づく仕組みのほうでした。
答えは引き留めではなく、辞められても回る構造です
処方箋の前に、間違いを1つ潰しておきます。
ここまで読むと、「キーパーソンを大事にしよう」「辞めそうな人に手厚くしよう」に見えたかもしれません。それは、退職とは別の問題を新しく作る打ち手です。
特定の個人に組織を合わせると、何が起きるか。その人の発言権が、経営者を超えていきます。「社長は私に逆らえない」ができあがった会社は、辞められる恐怖から永久に出られません。恐怖の相手が、1人からまた別の1人に変わり続けるだけです。
だから答えはこうなります。引き留めるのではなく、辞められても回る構造を作る。組織の核は、人であってはいけない。核は基準と手順に置き、人は入れ替わり得る前提で組むのです。
そのうえで、やることを診断と治療に分けます。
今日やる診断(こちらは0円です)
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「この人に辞められたら回らない」人の名前を、紙に書く。引き留めるためではありません。属人化の在庫調べです。書けた名前の数だけ、事業は個人に握られています。
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その人からの質問・相談が、先月より減っていないか思い出す。人事担当者への調査では、約7割が「思いもよらない退職」を経験しています。兆候は挨拶や笑顔ではなく、業務への関与量に出ます。
今月やる治療(こちらはお金と時間がかかります)
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名前を書いた人の「その人にしかできない仕事」を1つ選び、手順書にするか、2人目を育て始める。全部やらなくていい。まず1つです。
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任せる基準・評価の基準を、紙に書いて見せる。基準がなければ、仕事を任せても「人手が足りないから回ってきた」と受け取られます。基準があれば、同じ委譲が「認められたから任された」に変わります。人件費を上げずに承認を増やせる、数少ない操作です。
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労働条件の本体(休日・給与・負荷)を競合の求人と並べ、負けている1点を動かす。自社の新規募集の条件と在職者の現条件の差は、在職者が一番よく知っています。求人票は社外より先に、社内に効いています。
治療まで進むと、「あの人が辞めたら」と考える回数が減ります。引き留めなくても、立て直せるからです。
保存用チェックリスト
・診断1: 「辞められたら回らない人」の名前を紙に書いたか
・診断2: その人からの質問の頻度が、先月と比べてどうか言えるか
・治療1: その人にしかできない仕事を1つ、手順書化・複数人化したか
・治療2: 任せる基準・評価の基準を、明文で見せたか
・治療3: 条件本体(休日・給与・負荷)で競合に負けている1点を動かしたか
よくある引っかかりに先に答えます。
「お金がかかるのでは」——診断は0円です。治療にはかかります。ただし、辞められた後に払う金額——求人広告、紹介手数料、引き継ぎ、残った人の残業代——より安く済むのが普通です。
「時間がない」——名前を書くのは5分です。
「うちの規模には大げさでは」——227件の77.5%は従業員10人未満でした。小さい会社ほど、この話の当事者です。
こんな状態に心当たりがあれば、一度ご相談ください。
・求人を出して3か月、応募がないまま原稿だけ直し続けている
・「あの人が辞めたら」を考えかけて、考えるのをやめたことがある
・スタッフから最後に質問された日を思い出せない
ICL(Innovation Careers Lab.)で採用と定着の無料相談を受けています。
相談フォーム: https://invcareers-lab.co.jp/contact/
LINE: https://line.me/R/ti/p/@673yvenv (合言葉「退職型」と一言だけで大丈夫です)
出典
・帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」2026年4月9日(441件・従業員退職型118件)
・帝国データバンク「倒産集計 2026年上半期報」2026年7月8日(227件・従業員10人未満77.5%)
・帝国データバンク 歯科医院の倒産・休廃業解散(2026年1月23日発表・2025年集計)
・厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(歯科医師の平均勤続年数5.6年・企業規模10人以上)
・ハローワーク長岡「アンケート結果で見る求人票作成活用術」令和7年2月(求職者の閲覧行動)
Author
楢原 峻
株式会社Innovation Careers Lab. 代表取締役
歯科医師 / 博士(歯学) / 日本口腔外科学会 口腔外科専門医
長崎大学病院口腔外科で11年間、臨床・研究・教育に従事しました。2020年から2023年まで医局長を務め、現在は歯科医院を中心に、AI・DX導入支援と経営コンサルティングを提供しています。

