将来が不安なら、貯金を増やす。合理的な選択です。ただ、AIで10年後の仕事すら読めない今、残高だけを増やしても不安は消えません。未来のお金では、今の時間を買い戻せないからです。
10年後の仕事は読めなくても、10年後も自分は生きている
今のAIの進化を見ていると、10年後も現在の仕事が同じ形で残っているのか、正直わかりません。
世界経済フォーラムは、2030年までに調査対象となった現在の雇用の22%に相当する仕事が、技術進歩や人口動態などの影響で新設または消失すると予測しています。新しく生まれる仕事が1億7,000万、失われる仕事が9,200万。差し引きでは7,800万増える予測です。
仕事が全部なくなるという話ではありません。増える仕事もあれば、減る仕事もある。ただし、今ある職業名が残っても、中でやる仕事はかなり変わります。
国際労働機関の2025年の分析でも、世界の雇用の25%は生成AIの影響を受ける可能性がある職業に属しています。一方で、最も影響が大きい区分は3.3%です。多くの仕事では、人が不要になるより、仕事の中身が変わる可能性のほうが高いとされています。
10年後の仕事を正確に当てることはできません。
でも、おそらく私は10年後も生きています。
仕事の形が変わっても、その変化を引き受けるのは未来の自分です。だから未来への備えを、銀行口座の残高だけで考えるのは危ないと思っています。
不安になると、今を使わずに残したくなる
先が読めないとき、現金を残すのは正しい行動です。生活防衛資金も老後資金も必要です。貯金を否定するつもりはありません。
ただ、将来が不安だからという理由で、今できることを全部先送りするのも危ない。
旅行に行く。知らない土地を見る。会いたい人に会う。新しい仕事に挑戦する。身体を使って競技に出る。技術を学ぶ。
これらは単なる消費ではありません。使ったお金が、経験、判断力、技術、人とのつながりとして残ります。
銀行口座の100万円は、10年後の支出に回せます。けれど、今日の自分にしかできない経験は、10年後に同じ金額を払っても買えません。身体も、家族の年齢も、仕事上の立場も、一緒に行く人との関係も変わっているからです。
使わなかったお金は残ります。
使わなかった今は、残りません。
若いうちではなく、今しか買えない
若いうちに経験しておけ、とよく言われます。
この言い方には、若者だけの話に聞こえる弱さがあります。でも、今しか買えないものは、20代にしかないわけではありません。
30代には30代の今があり、40代には40代の今があります。50代にも60代にも、その年齢、その身体、その家族、その仕事だからできることがあります。
あとで時間ができたらやろう。もう少しお金が貯まったら行こう。仕事が落ち着いたら始めよう。
そう考えているうちに、条件は少しずつ変わります。お金は増えても、同じ条件では買えなくなる。
若いうちにしか買えないものは、今しか買えない。
これは若さを惜しむ言葉ではありません。今の自分にしか使えない時間を、未来の自分が買い戻すことはできないという意味です。
知識と技術を使い直すにも、身体が要る
私は、診療と経営をしながら、走り、トライアスロンにも出ています。
健康のためだけに運動しているわけではありません。考える、決める、動く、失敗したらやり直す。その全部に身体が要るからです。
金融資産は減ることがあります。事業も仕事も、今の形のまま続く保証はありません。
かなり乱暴な言い方ですが、知識と技術は、健康でいる限り逃げません。一度身につけた経験も、自分と一緒に持ち運べます。健康で動ける限り、それらを使ってもう一度価値を作れます。
厚生労働省が公表した2022年の健康寿命は、男性72.57年、女性75.45年でした。平均寿命は男性81.05年、女性87.09年です。日常生活に制限なく過ごせる期間と平均寿命の間には、男性で8.49年、女性で11.63年の差があります。
もちろん、72歳になったら動けなくなるという意味ではありません。健康寿命は集団の平均です。それでも、元気に動ける時間が無限ではないことはわかります。
知識があっても、技術があっても、使える身体がなければ再び価値には変えられません。
身体は、持っている知識と技術を何度でも使い直すための土台です。
貯金か経験かの二択にしない
では、貯金をやめて全部使えばいいのか。もちろん違います。
私が分けて考えたいのは、次の3つです。
1つ目は、生活を守るお金です。病気、事故、収入減に備える現金は残す。
2つ目は、やり直せる自分を作るお金です。健康、トレーニング、学習、仕事の道具、技術の習得に使う。
3つ目は、今しか買えない経験に使うお金です。数年後でも同じ価値で買えるのかを考え、今でなければ価値が落ちるものは先送りしない。
必要な金額や配分は、人によって違います。何割が正解という話ではありません。
大切なのは、将来への備えを現金だけに任せないことです。残高を増やすことと同時に、健康で動ける身体、使える技術、判断の材料になる経験を残す。これなら、未来の仕事が予想と違っても対応できます。
失わないことより、もう一度作れる自分でいる
私は、何も失わない人生を作るのは無理だと思っています。
仕事の形は変わります。事業がうまくいかないこともあります。蓄えが減ることもあります。だから、失わないことだけを目標にすると、今の行動がどんどん小さくなります。
その代わりに、何かを失っても、もう一度作れる自分でいたい。
技術がある。知識がある。経験がある。頼れる人がいる。そして、それらを使える身体がある。
この状態なら、金融資産が減っても人生のすべてがゼロになるわけではありません。
10年後の仕事はわかりません。
でも、10年後も自分の身体とは付き合っています。未来のためにお金を残すことと同じくらい、未来に動ける自分を残すことにも、時間とお金を使いたいと思っています。
未来のお金では、今の時間は買い戻せません。
今しか買えないものを、今のうちに買っておく。それも、未来への備えです。
だから今、私自身も、身体とAIに全力で投資しています。
参照
- World Economic Forum, The Future of Jobs Report 2025
- International Labour Organization, Generative AI and Jobs: A Refined Global Index of Occupational Exposure
- 厚生労働省, 健康寿命の令和4年値について
この記事を書いた人
楢原 峻(ならはら しゅん)
Innovation Careers Lab. 代表。歯科医師・歯学博士。口腔外科に12年在籍し、日本口腔外科学会専門医を取得。現在も臨床に立ちながら、歯科医院の経営支援とAI実装に取り組んでいる。
Author
楢原 峻
株式会社Innovation Careers Lab. 代表取締役
歯科医師 / 歯学博士 / 口腔外科専門医
長崎大学病院口腔外科で12年間、臨床・研究・教育に従事。医局長・外来医長・病棟医長を歴任。現在は歯科医院を中心に、AI・DX導入支援と経営コンサルティングを提供しています。

